もの知りノート(7)
 支那という呼称について

われわれの身近で日常使われている物事や言葉でその根拠や背景を知らない場合が意
外と多いようにも思われます。「もの知りノート」と題して細かい項目を少しづつ取り上げてみ
たいと思います。
「支那」という呼称は戦前日本では多く使われました。
現在ではは昔の懐かしい味を強調する「支那ソバ」屋や東シナ海などの地名以外は殆ど
使われていません。なぜなのでしょうか?
「支那」や英語の「China」また日本を英語で「Japan」というのはなぜでしょうか?
その他の若干の国名や地名を含めて調べた範囲で述べてみましょう。

1、支那(Zhina)呼称の起源と変遷

語源については秦の始皇帝が中国を初めて統一して「秦」を建国した。秦の名が音変化し
て西方に伝わり特に南方方面を通じて古代インドに入ってチーナスターナ(Cinasthana:チン
の土地)とサンスクリット表記されたものが、仏典漢訳の際中国に逆輸入されて「支那」と書
かれたと言われています。唐代初期玄奘が中央アジア、インドで自国が支那と呼ばれたこ
とを伝えています。日本にも仏典を通じて伝えられました。
英語の「China」、フランス語の「Chine」などの対応から中華民国の国号とは別途の広義の
地名名称として使われるようになったのです。
「支那」は外国人の中国に対する呼称ですが、中国人も清朝末期に満州王朝への臣属を
拒否する意志を込めて(例えば孫文などが)用いたことがあります。
現在地理上、東シナ海(East China Sea 中国名は「東海」)などの呼称は使われています。
しかし、中華民国成立後、日本政府はことさら政治的意味を込めて使い、日本の大陸
侵攻と結びついて蔑称の性格が強められた結果、第二次大戦後はつとめてこの使用が避
けられるようになったもので、現在日本では殆ど使われなくなりました。

2、Japanの語源

我が国では大和政権による統一以来自国をヤマトと称しています。
中国や朝鮮では古くから「倭(わ)」と呼ばれてきた。「倭人」、「倭寇(わこう)」などもその例
です。隋書に「日出処天子」という言葉があり、隋時代から我が国は「倭」と自称することを
避けていたようである。旧唐書に初めて「倭国」と「日本国」が併記されるようになったのです。
当時の漢音の発音では「ジッポン」だったようです。
マルコポーロの東方見聞録では日本国が「Zipangu」と書かれており、日(zi)本(pan)国(gu)
は元時代のモンゴルの発音に基づくもののようです。
(「Zipangu」は「Jipangu」とも書かれている)
また、華北地区の発音jih penに基づくという説と華南地区の発音yat punに基づくという説
もあります。
いずれにせよ「Japan」の語源は「日本」であり中国の発音から西洋に伝わって「Japan」とな
つたのは間違いなさそうです。
「日本」はニッポンと読むのが正式で、国際的にもNipponという表示にすべきという主張も国
内にありますが、上述した経緯からみて筋違いというべきでしょう。

3、その他の関連事項

・Korea(朝鮮)の呼称について

英語のKoreaの語源は高麗(こうらい)の朝鮮語の発音コリョがなまったものと言われています。
・インドシナの呼称について
地理的に見てインドとシナの中間に位置し、また歴史的に見てインドとシナ両方の文化の
影響を受けたことからインドシナと呼ばれました。
狭義には旧フランス植民地であったカンボジア、ラオス、ベトナムを指す地名です。
広義には
インドシナ半島即ち、ベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、ミャンマーを指す言葉です。
最近ハイウエイが中国の雲南省からラオスに開通し、またインドシナ半島のハイウエイ網が
整備された結果、中国の産品がインドシナ半島に流れ込み、経済的には中国との結びつき
が一段と強くなってきています。

参考文献
インターネットフリー百科事典「ウィキペディア」
世界大百科事典  平凡社