安徽省黄山と

     その周辺の古鎮を訪ねて

2008年10月から11月にかけて安徽省の黄山とその周辺の古鎮を訪ねた。黄山は中国一の名山と
いわれ1990年世界遺産に登録された。奇松、怪石、雲海、温泉などで有名で中国有数の景勝地
になっています。中国における伝説上の帝王「黄帝」がここで不老不死の仙薬を作ったという伝説か
ら、唐時代に「黄帝の山」という意味で黄山と名付けられたということです。
「五岳帰来不看山、黄山帰来不看岳」(五岳−中国の霊山、すなわち泰山、衡山、華山、恒山、
嵩山をいう−を見ると普通の山は見る気がしない、黄山を見ると五岳を見る気がしない)と言われて
いる中国一の名山です。
本来山の上で二泊位しないと全体が見られないという話でしたが、朝五時に黄山市の駅前からバス
で出発し湯口で中国人の団体に参加し、日帰りで登りました。湯口からバスで雲谷寺へそこからロー
プウエイで白鵞嶺へそこから北海賓館へここで各自持参した昼食をとり、飛来石や迎客松をみて玉
屏楼からロープウエイで慈光閣へそこからまたバスで南門のバスターミナルへというルートで南門に
ついたのは午後四時頃でした。雲谷寺のロープウエイは新設されていて、古い方のロープウエイは老
朽化のためか今は使われていないようでした。
黄山の登山案内図はここをクリックしてください。
いずれにせよすべてあわせて10km位歩いたでしょうか、アップダウンの坂道がきつくまた雨が一日中
止まず、雨と汗で全身ずぶぬれのような感じになり、また土曜日で観光客も多く、道路が狭いため
登り下りの急な坂道では常に渋滞し相当疲れました。
黄山市周辺の古鎮は明時代や清時代の雰囲気を保ちこれまた世界遺産に登録されています。
黄山市は以前徽州市と呼ばれたところで、江南の庶民的な雰囲気をただよわせたところで、この
地域独特の「うだつ」(防火壁−馬頭塀)の本場でもあります。上海、揚州、南京など長江下流
地域や杭州、紹興、寧波などでも「うだつ」は多く見受けられますが、黄山市周辺ははどこを向
いても様々な「うだつ」ばかりで建物の外観写真にはかならず「うだつ」が写っています。「うだつ」
オタクとしての冥利に尽きるところです。土地が狭いので家が密集して建てられるそれで防火壁が
必要になったということのようですが、いまでは建物の飾りとしての役割が強いように思われます。
寧夏回族自治区の銀川でも「うだつ」を見かけたのには驚きました。(日本では岐阜、徳島、長野
の一部に「うだつ」のある町があります。ホームページ「うだつ」についてを参照下さい)
本来この黄山市周辺の古鎮を訪ねるのが第一の目的でしたが、黄山市に来た以上は黄山に登
らないわけには行かないわけで、私は平らなところでも杖を必要としている状態ですから、回りきる
自信はありませんでしたが、聞けば駕篭かきもいるようだし、なんとかなるだろうと思っていました。
しかし、登山道は観光客が多く大混雑で駕篭かきはとても人を乗せて通れる状態ではなく、自分
の力で黄山を歩き通せたことは脚にまだまだ自信を持つことができた旅になりました。

黄 山
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飛来石(ひらいせき)どこからか飛んできたような奇妙な石です。
高さ12mあります。
一日中雨が降り止まず、カメラが雨に濡れて異常作動したため、
一部(この写真もそうですが)写真集から収録しました。

黄山には登り下りともロープウェイがありますが、途中は大変厳しい
傾斜の山道です。
中国人の団体に参加し、70歳の日本にも来たことがあるという男
性と仲良くなり、彼と行動を共にしました。彼は奥さん同伴の旅
ですが、奥さんは黄山の登山は疲れるからとホテル休んでいるそう
です。彼は杖も使わず若者以上に元気ですたすた足早に登り
下りするのには驚きました。右側に見えるのが登って行く人の列
です。

坂道は結構急な坂も多く、土曜日でしたので観光客も多く、おま
けに雨が一日中降り止まず、逆回りの観光客もいて、このような
道幅の狭い所では大渋滞になります。
団体それぞれにメンバーには固有の帽子をかぶらせるのですが、
赤色か黄色が多く、見分けがつきません。
カッパは麓の店で買い求めました。

遠くからこのような光景を見るにつけ、あのような険しいところを登
るのかと気がひきしまる以上にややうんざりの感があります。
それにしても厳しい山肌(岩石)ですね。

岩石の山肌にへばりついた感じの松の木、それに雲海とさながら
墨絵の世界です。

天気がよければこのような風景になるでしょう。
この写真も写真集から転載しました。

雲海(その一)です。標高1800m程度の高さの山ですが、見事
な雲海です。

雲海(その二)です。雲海の中から峰峰が頭を出しています。

観光客を迎えるという「迎客松(インコソン)」です。
下りのロープウエイの駅玉塀楼(ぎょくへいろう)を通り過ぎて先に
行ったところにあります。当日は多くの観光客で賑わっていました。
松の写真を撮ることもなかなか容易でないほどの混みようです。
この写真も雨のためうまく撮影できませんでした。
写真集からの転載です。

このような変わった形の松が多いのです。
地盤と風の影響でしょう。

黄山市周辺の古鎮
古鎮(安徽古民居群)の地図 はここをクリックして下さい
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黄山市の東の方にある歙県(ショシィェン−きゅうけん)の牌坊
(パイファン)群。全部で七座ある。牌坊は自らの徳を示すために
建てられたものと言われています。
当初はこの地方に200座以上あったと言われているが、現存する
ものは82座になっています。

明時代、又は清時代の民家(商家)の内部。
二階建てもしくは三階建てですべての部屋が風通しをよしてある。
湿気の多い気候がそのような建物を造ったものと思われます。
家の中心の天井は四角く明けてあり、家の中に雨が降り込むこ
とが富を呼ぶという考えのようです。

黄山市の西北の方向に位置するイ県(イは「黒」の偏に「多」の旁)
の宏村の南湖です。
風光明媚なところで当日は多くの画学生が写生に来ていました。
ちなみに安徽省は上述の「イ」などの字もそうですが、この地のみし
か使われない地名が多くどう読めば良いのかとまどうことがあります。

宏村の中心にある月沼。半月の形をしています。
ここで村人は洗濯をしたりしている生活に密着した沼です。
うだつのある建物と湖(沼)がマッチしてもっとも有名な景色です。

宏村の中の通路。村人が天秤棒で物を運んでいます。
道に添って水路があります。昔ながらの風景でしょう。

宏村から近い位置にある西遞(シーディ)です。
湖のそばに立派な牌坊があります。
写真の右側が町になっていて、中にはいると通路が狭く迷路の
ようになっています。

市の北に位置する徽州区にある潜口民宅です。
明時代のものと清時代のものがあり二箇所に別れています。
それぞれにかなりの広さの敷地があります。
「皇家を見るなら北京の故宮へ行け、民間の家をみるなら潜口
に行け」といわれるほど江南の民家を代表する建物です。
この写真は明代の民宅の入り口です。

市内の中心部からやや西の方に昔ながらの雰囲気をもった屯渓
(とんけい−タンシー)老街があります。三輪タクシーで行きました。
ここのうだつ(馬頭塀)もなかなかに見応えがあります。
中の店は特産物、硯や墨、また黄山でとれたお茶などを売ってい
ます。
私は歙県の工場で最高級の硯と墨(併せて500元)を買いました。

老街の中は独特の建物が多く見受けられます。
老街の商品は品質が悪く値段が高いので見るだけで買わない方
が良いとタクシーの運転手が忠告してくれました。

市の西南に位置する場所に道教の三大霊山の一つ祁雲山
(きうんざん−チーユィンシャン)があります。
ロープウエイがありこれを利用すると簡単に登れますが、中は大変
広大です。多分丸一日掛けないと回りきれないでしょう。
この写真は象鼻と呼ばれる第一の入り口です。鼻の下を通って
入って行くことになります。

道教の寺です。瑠璃瓦(ルリワ)とガイドが呼んでいました。
瑠璃色の屋根が特徴的です。
帰りはロープウェイの最終に間に合わすため、丁度具合良くこの
寺で駕篭かきに出合ったので、ロープウェイの乗り口までたのみま
した。120元(1,700円)でした。

市の南の方に位置する花山謎窟です。2000年に発見された謎の
石窟群です。36箇所あります。
これは自然の洞窟ではなくて人工的に掘られたものですが、何のた
めに掘られたのかいまだに解明されていないのです。
石を切り出したのでしょうが、この付近にはこの石が使われた所は
見あたりません。すぐそばに川がありますので川を利用して遠くまで
運ばれたのではないでしょうか。