浙江省の省都である杭州は中国四大美人の一人西施(せいし)にちなんで名付けられ
たという美しい西湖を中心とした古都です。
南には毎月海水が津波のように押し寄せることで有名な銭塘(せんとう)江があります。
この町も又八年前に訪れた時とは様変わりでビルが立ち並ぶ近代都市に変貌しています。
北京の頤和園の昆明湖はこの西湖を模して造られたといわれています。
中国六大古都(北京、西安、洛陽、開封、南京、杭州)の一つに数えられています。
上海から列車、バスとも二時間の至近距離にあります。
杭州から東へ一時間の距離に紹興酒で有名な紹興市があります。
2500年まえの呉越が争った時代の越の都会稽です。
魯迅、周恩来、黄河の治水に功績のあった夏王朝の始祖「禹」(堯舜と並び称される名君)、
近代の女性革命家秋謹などの生地であり、また中国の最も有名な書家王義之の育った
ところでもあり、多くの有名人を輩出しています。
遣隋使や遣唐使は会稽の東にある寧波の港に上陸したといわれており、多くの遣唐使達が
この町を経由して長安や洛陽に向かったのではないでしょうか。
水郷地区のような水のある落ち着いた見所の多い町です。
中国の中でもう一度訪れたい町として紹興市を挙げる人が多いのもうなずける気がします。
(2007.11.5〜6訪問)
烏鎮、西塘の水郷地区は上海からタクシーをチャーターして行った。片道約二時間かかる。
紹興、寧波、普陀山にはそれぞれ定期運行バスを利用して行った。
(2008.4訪問)

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西湖の東に位置する雷嶺塔(エレベーターあり)からみた西湖。
北宋の詩人蘇軾(そしょく−号は東坡−杭州名物東坡肉
ドンポロウは蘇軾が自ら造営に苦労した人たちをねぎらうために
作ったものと言われる)はこの地に赴任して西湖の堤の造営に
力をつくした。

雷峰山の頂上に建つ雷峰塔。
2002年に再建された、昔の土台を残しながら建造されている。
内部には珍しくエレベーターが備えられており、かつ電動カート
もあり、高齢者や脚の不自由な人にも便利にできている。
夕日と重なる光景がすばらしいといわれる。

中国最大の禅宗の寺院。インドの僧慧理によって開山された。
「ここに仙霊が隠れているところだ」と言ったところから霊隠寺と名
付けられた。
壮大な敷地に造営されている。

参道の脇にある石灰岩でできた岩山には五代から元の時代に
かけて彫られた338体の石仏がある。

北方から攻めてきた金と戦った北宋の将軍岳飛(がくひ1103〜
1142)の像。その墓は岳王廟となっている。
交戦派の岳飛は大いに戦果を挙げたが、投降派の宰相秦桧(
しんかい)の陰謀によって投獄され殺されてしまう。
冤罪は後はらされ岳飛を祀る廟が建てられた。

岳飛を陥れた秦桧とその妻の後ろ手に縛られた像。
900年まえの罪はいまだに消えずさらし者にされている。
岳飛廟の傍らにおかれている。

西湖を舞台にして有名な映画監督張芸謀(ジャンイーモー)演出
による壮大なショウが毎晩行われている。
西湖を汚染しているという批判もあるが一見の価値あるショウです。

西湖の畔にある女性革命家「秋謹」(しゅうきん1875〜1907)の像。
結婚して二児をもうけたあと日本に留学して、孫文などと呼応して
革命を起こそうとしたところを清朝政府の察知するところとなり、とら
えられ処刑された。
出身地は紹興市であり、処刑されたのも紹興だがこの湖の畔に像
が建立されている。台座の字は周恩来の筆によるもの。
常に剣を帯びピストルをしのばせていたといわれる、まさに中国版
女性坂本龍馬と見受けました。

烏鎮風景その一
杭州と上海の間にあり、浙江省の古い歴史のある落ち着いた水郷
の町。
最近の中国の連続テレビドラマ「似水年華」の舞台となっているところ。

烏鎮風景その二

西塘風景その一。
上海と杭州の間にあるが、烏鎮よりは北にある浙江省の水郷の町。

西塘風景その二。

紹興市にある魯迅記念館すぐそばに魯迅の旧居がある。
多くの記念品が展示されている。

魯迅の旧居のそばに咸亨(xianheng)酒店があり、店の前に魯迅の
小説の主人公「孔乙己」の銅像があります。
この店で本場の紹興酒を臭豆腐をつまみにして一杯飲みました。
茶碗一杯10元です。紹興酒はいろんな種類をブレンドしてあるそう
で、やや味の濃い感じの酒でした。

中国で最も有名な書家王義之の育ったところ蘭亭。
蘭亭にある王義之(307〜365?)とその子の筆によるもの。
上の「鵞」は王義之自身の手によるものであり、下の「池」はその子
王献之の筆によるものといわれる。
鵞鳥が好きだったといわれ蘭亭には今も鵞鳥の池があり多くの鵞鳥
が遊んでいます。

府山公園の中にある越王台。
越の王「勾践」(こうせん生年不詳〜BC465)が臥薪嘗胆したとされ
るところ。
日本では十八史略の影響で呉の王夫差(ふさ)が臥薪し、勾践が
嘗胆したと言われているが、これは明らかな間違いのようです。
(当ホームページ呉音の伝来の中の「臥薪嘗胆」の欄を参照下さい)

紹興市の東の郊外に東湖があります。
昔の石切場の跡が地下水がしみ出してきて湖になっています。
切り立った岩場を舟で巡る観光地になっています。
水は澄み切っていますが、池の底の岩が黒く変色しているため一見
黒い水に見えます。秦の始皇帝も訪れたそうで石のアーチの「秦橋」
と呼ばれる橋があります。

烏篷(wupeng)と呼ばれる足でこぐ舟。乗客は三人が定員。
黒い日覆い(雨や風よけでもあると思われる)が特徴で器用に両足
で漕いで、片手で舵の操作を行う。切り立った壁の側で声を出すと
大きく反響します。

紹興の路地にて。
紹興独特の帽子「烏zhan帽」をかぶっている。
素材は羊毛で肌触りがよい。フリーサイズで折り返しの大小でサイズ
を調節できるようになっている。

紹興もやはり水郷の町です。
町の中には水路が縦横に張り巡らされています。
路地は狭くタクシーは入れません。三輪車が便利です。
三輪車の運転手と仲良くなって昼食をともにしました。
紹興の町にはタクシーよりも三輪車が多いそうです。

浙江省の港町、寧波(ねいは)の街角。
紹興より更にバスで東一時間半のところにある。
落ち着いた街並みで市街の中心は狭く歩いて回ることができる。

天一閣(てんいちかく−中国で最古の蔵書処)の庭園。
1560年から5年をかけて建設されたもので、蔵書数は一万三千巻
あまりと言われている。庭園も見応えがある。

寧波は古来より重要な港町となっている。
日本の遣唐使などが上陸した所でもある。
秦の始皇帝の命を受けて不老不死の仙薬を探しに除福が旅たった
所とも言われている。
今は近代的な港町に変身している。ただし、海の水が変色している
のは汚染が海上にも及んでいるということでしょうか

普陀山(プトウサン)は中国仏教四大名山の一つで参拝する信者も
多い。(その他の仏教名山、峨眉山、五台山、九華山)
寧波の東南の海上の小島にある。寧波から船で約一時間のところ
にある。風光明媚な場所でもある。

普陀山にある多くの寺院の中でも最大の普済む寺(ふさいじ)。
1080年の建立。
島内にはタクシーがなく、公共バスのみが運行されている。
寧波を朝6時に出発して19時に帰る日帰りの団体旅行に参加
させてもらった。

紹興市観光地図
(参考)